前回のお話
https://seaknow.xyz/serialstory/nekonote/924/
その三
青空の中にトンボが飛んでいました。ソラはゆっくり瞬きしました。
朱いお花畑の中にソラは横になっていました。お腹の上にするりと動くものがありました。蛇です。ソラは起き上がろうとしました。しかし体は動きません。蛇はスルスルと目の前まで這い上ってきました。あの美しい金属音が響きました。
「トンボがお前をここへ呼んだのだな」
ソラは口を開こうとしました。しかし、声も出ません。仕方がないのでじっと蛇を見ていました。蛇はそのまま続けました。
「今年の夏は日照り続きで、草木は枯れ、田畑はひからびている。人々は、朝に夕に、この神社へお詣りに来る。雨が降りますように、風が吹きますように、暑さが和らぎますように、稲が実りますように、こどもが元気になりますように」
蛇の後ろに、朱い鳥居と小さな祠が見えました。
「ここは、龍神さまの珠が祀られている。何でも願いを叶えてくれる宝の珠だ。けれども、肝心の龍神さまは、ここへはいない。古い池も、もう随分前に埋められてしまった」
蛇はゆっくりとソラの腕にからみつきます。
「人々は、わたしを見つけると龍と呼んで、来る日も来る日もやってくる。雨が降りますように、風が吹きますように、暑さが和らぎますように、稲が実りますように、こどもが元気になりますように・・・けれどもここに龍神さまはいない、わたしは龍神さまではない!」
蛇は胸を渡り、今度は反対の腕に巻きつきました。
「願いも祈りも珠の中に溜まり、どんどん膨らむ。ああ、あの珠を天に届けることができれば、願いを叶えることができるのに。しかし、どれだけ見間違えられようとも、わたしは龍ではない。ここで見ていることしかできない。龍ならば、祈りを届けることができようものを。わたしが龍ならば!」
蛇はするりするりと、ソラの両腕をからめとりました。
「わたしには、手がない。足もない。龍ではないから。手があれば、あの珠をつかむこともできように。足があれば、天に翔け昇ることもできように」
キーン、キーン、と、耳鳴りがします。蛇は、金色の瞳でソラを捕えました。
「お前が、手を貸してくれると、トンボたちが言う」
「貸してくれるか?」
「わたしに珠を届けさせてくれるか?」
頭の中で声が響きます。人々の祈りが、蛇の願いが身体中に押し寄せます。ソラは動かない体で、ただひたすらにうなずきました。
「では、お前の手足を借りるぞ」
ふいにしめつけがきつくなりました。そして、痛みを感じるよりも先に、ソラの意識は途切れました。
(続く)