朱いお花畑と白い蛇 その五
前回までのお話
それから2匹は、来る日も来る日も特訓をしました。足の生えた蛇は、意外と器用に猫の手を使いました。問題はむしろ、その手足にしみついた猫の本能を抑えることでした。丸いものは転がします。動くものには飛びつきます。猫パンチと猫キックを出さずにじっとこらえることは、並大抵の精神力ではどうにもなりません。ソラはタマになって転がり、蛇は目を見開いて耐えました。
連日の修行の成果あって、数日の後には蛇はすっかり手足を我がものとしました。さすが、蛇の執念とは素晴らしいものです。珠が転がってもタマが転がっても、一切動じません。一方でソラも、手足なく動き回ることがとても上手になりました。その姿は、お腹のぷっくりとふくらんだ毛むくじゃらの蛇が飛び跳ねているようです。
毎日かんかん照りが続き、人々はお参りに来ます。そして次第にこんな噂が立つようになりました。
「あそこのお宮さんには、この頃ツチネコが住み着いたそうな」
「これは御利益が倍になる」
神社を訪れる人は日増しに増え、龍神の珠はその願いをどんどん抱え込んで膨れ上がっていきました。あふれんばかりの願いに触れて、ソラのヒゲの先はピリピリします。蛇は言いました。
「さあ、珠を天へ届けねば」
そして膨らんだ珠を抱え、いざ天へ翔け昇ろうとして、
「・・・龍は、どうやって翔ぶのだ?」
「え?」
「龍は天翔けるのだ。今やわたしの体は龍と同じ。しかし、なぜ翔べない?」
蛇は無い肩をがっくりと落としました。ソラは悲しい気持ちで蛇を見つめました。珠は人々の願いを溜めてはち切れそうです。天に届けるには、空を飛ぶには・・・
目の前をトンボがついと横切りました。
「そうだ!」
ソラは名案を思いついてぽよんぽよんと跳び上がりました。
「練習をすればいいんだよ!」
✴︎
トンボが列をなして飛んでいます。必死になってはばたいています。何十匹ものトンボが集まって、蛇に群がっています。トンボたちはよろよろしながらも、何とか蛇の体を持ち上げました。ほんのわずかですが、上昇を始めています。朱い花の上、木の枝、神社の軒先、鳥居、屋根の上・・・。
「がんばって!」
ソラは地上から応援します。蛇は始め、なすすべも無く空中でだらんとしていましたが、突然手足をバタバタと動かし始めました。
「どうしたの?」
「トンボたちにただ運ばれているだけにはゆかぬ!わたしは龍なのだ!わたしが、わたし自身で翔べるようにならねば!」
そう言って、長い体をくねらせました。そしてひときわ大きく体をよじったとき、トンボがバランスを崩しぱっと離れて、
「あっ!」
蛇は屋根の高さから真っ逆さま!しかし、
ひらり
と身をひるがえし、
すとん!
と音もなく着地したのです。蛇は、自分でも驚いた様子でソラを見ました。
「・・・なんと、素晴らしい!お前の手は!」
ソラもびっくりして、目をパチパチさせました。
「ぼくは・・・何もしてないよ。君が上手に使えるようになったんだ」
2匹とたくさんの一体となった練習が、また始まりました。蛇は、地を這うように体をくねらせます。あるいは水面を泳ぐように、野原を駆けるように、その手足を動かします。その度に落ち、生傷は絶えません。けれども蛇は持ち前の粘り強さで、決して諦めませんでした。繰り返し繰り返し、何度も何度も挑戦します。ソラは、その傷をそっと舐めてやることしかできませんでした。
その頃、また新しい噂が立ち始めました。
「白龍さんと土猫は、日夜天翔ける練習をしているそうな」
「恵みの雨も近いに違いない」
そうしてお参りに来る人は更に増え、龍神の珠はその願いを蓄えてどんどん重くなっていきました。
(続く)